日本農業に残された道

数年前まで、有機農業と言えば、眉をひそめて変わり者扱いされ迫害されたものですが、先人の努力の成果か、近頃ではすつかり認知されるようになって、農業の次代の方向として、農協の口からさえも聞かれるようになってきたことには、時代の移り変わりを強く感ぜざるにはいられません。

しかし、よく聞いてみると、その捉え方としてもっぱら聞かれるのは、「消費者の安全性ニーズの高まりに答えて」や「差別化商品として有利販売を」という声です。

ごく当たり前の動機に見えるこの捉え方に、実は大変な危険性がはらんでいるのです。

私も有機農業を始めて13年になるのですが、私がこれまでやってこれたのは、たくさんの消費者の方に支えられてきたからです。ですが、以前からずっと戸惑っていることがあります。それは我が家の農産物を本当に食べてもらいたい、今から子供を育てていこうという若い人の家庭が少なくて、高齢者層の家庭が多いことです。

これは我が家だけでなく、提携をしている有機農家全般の傾向ではないでしょうか。

今の健康ブーム、安全性ニーズの実体は、老後を健康にすごしたいという高齢者の方たちの願いで出来ているように思えます。とにかく安心な物が食べたいのです。

配達の時によく「私たちのために安全な物を作ってくれてありがとう」と言われます。そこで戸惑ってしまうのです。

確かに農薬や化学肥料は使っていません。でもそれで本当に安全なのだろうか。それを検査し実証したこともありません。だいいち、これだけ合成化学物質で汚染された地球で安全な農産物など存在するのだろうか……。  そして、そもそも私の有機農業は安全農産物を作るために苦労しているのではないからです。

有機農業の真の目的とは未来にあります。子供たちや孫たち、そのずっと未来の子孫たちへ安全で豊かな地球環境を手渡すことなのです。

個人やその家族の健康のために、安全な食べ物を求める消費者のニーズとの決定的な意識のズレがここにあります。

長引く不況下、デフレもささやかれる昨今、安さを求める消費者ニーズのために韓国や中国を始め世界中から農産物の流れ込みが急増して、価格もじわじわと下がる一方で、農村では農業離れがますます深刻化しています。

数年前まで、農業所得の向上にと、施設園芸がしきりに指導されていました。私のまわりでも大きな借金をして、大型施設を導入した者が何人もおります。しかし、ここに来て韓国、中国からの急追で先が見えない状況になってきています。

そこで今度は「消費者の安全ニーズに合わせて、有機栽培で差別化商品を・・・」と言うことなのでしょうが、目先ばかりであまりに短絡過ぎて危険です。

有機栽培のように手間のかかるものこそ中国などの方が断然有利なのです。日本で一人雇うと思えば、向こうに行けば200人以上も人が使えるのです。

そしてそれらは、施設園芸の時と同じように、おもに日本の流通業者や輸入商社の指導によって行われます。

改正JAS法の有機農産物の認証制度は、実はそのために準備されたものなのです。

つまり、消費者ニーズに合わせた安全ものではだめだと言うことです。

ところが、ちょっとスタンスを変えて有機農業の本来の目的である「未来へ手渡す環境」のために有機栽培に取り組むとなると、たちどころに問題は解決してきます。

日本の環境は中国から輸入できないからです。日本の環境は日本の中でしかできないからです。

また「有機農産物で差別化」という路線も矛盾してきます。なぜなら、一部の特定の農家だけが有機農業をしても、日本の環境はひとつも良くならないからです。それでは、国民に訴える環境の根拠が無くなってしまうからです。

日本中の農家、いや、世界中の農家がみんな有機農業をして、はじめて地球の環境が良くなるからです。

もちろん、農業だけでは本当に良くはなりません。

世界中のあらゆる産業がこれに取り組み、人々が環境を考えて生活していかなければなりません。そういうものをひっくるめた運動、それが有機農業運動なのです。

でもそんな理想を言っても、消費者は値段で選んでしまうのじゃないか。・・・・そうだと思います。大半の消費者がそうだと思います。

だから今、教育が必要なのです。日本の環境を日本人はどう選択するのかを、しっかり考えてもらわなければなりません。

個人的なことですが、私は今、小学校などから要請があると、出来るだけ都合をつけて出かけるようにしています。有機農業のことや環境のことを授業の中で話しています。

わずかな間で、子供たちが大きく成長する姿に感動させられます。この子たちになら、地球の未来を任すことが出来るように思えてきます。もちろん先生方の指導によるところが大きいのですが、だからまず先生に接して、先生に変わっていただく、これがとてもすばらしい結果を生んでいるように思えます。

日本中の有機農業者がこうして学校に入り込んだら、日本の未来もずいぶんと良くなるのではないでしょうか。

しかし、個人の力では時間的にも限界があります。今ここに、日本全国を束ねている農協組織が何もせずにじっといるのですが、この教育こそ、今農協がするべき大事だと思います。これをせずに農協は何をするというのでしょうか。

日本の農業は有史以来の存亡の危機に立たされていますが、海外から輸入することのできない日本の環境こそ、日本農業の生き残れる道です。

2000年5月 福岡県有機農業研究会機関誌「ふくおかの有機農業」寄稿文
福岡県遠賀郡遠賀町上別府1683 筋田靖之

Comments are closed.