田んぼの生き物調査の意義

日本の生き残りと農業の生き残り

技術を拠とする貿易立国の日本が、後発国の厳しい追い上げの中で生き抜いてゆくには、相手国の関税を丸裸にする自由経済のグローバル化は避けて通れないのでしょう。 しかしそれは同時に我が国の関税も撤廃しなければ不公平となってしまいます。 今、農業だけ特別扱いは出来ない状況になりつつあります。とはいえ野菜の関税率3%のように、既に農産物の9割は無いに等しく、米や乳製品、肉など残る1割程の最重要品目の関税をどうするかという話なのです。

しかしながら一方で、農業は、食糧生産という経済的側面だけでは捉えきれない、多くの環境問題とも密接に絡んでいます。

食糧安保はもとより、保水機能、排水機能、大気浄化機能、そこで暮らす生き物たちの生態系保持、あるいは景観など、挙げれば切りがないほどの多くのものが、食べ物と一緒に農業によって生産されているのです。

しかし、だからといって、相手国の関税撤廃を要求する以上、我が国の関税も撤廃せざるを得ないこととなります。さらには、価格補償や所得補償などの補助金で農業を保護することも、自由競争の市場原理からして難しくなってきます。なにしろ我が国は農業で食べている国ではないのです。工業製品の輸出で成り立っている国なのですから。

こういう状況下、どうやれば日本の農業を未来へと存続させることが出来るのでしょうか。

品質のいい日本の農産物を、海外へ輸出に打って出るというのも一つの方法でしょう。しかし、現地の農家が、高額で取り引きされる品質の良い日本の農産物に刺激され、海外の品質もやがて追いついてくるでしょうし、そのスピードを引き上げることにも繋がりかねません。

海外の農産物には決して真似できないもの、日本の農業でしか生産できないもの。それが冒頭の経済的側面からでは捉えられない、農業が創り出す環境なのです。中国の農業やアメリカの農業では日本の環境は出来ません。日本の農産物にしか日本の環境はついていないのです。

春の里を黄色や赤に染める菜の花やレンゲ、突然水が張られて早苗が植えられ見る見る緑が濃くなっていく初夏の農村の風景、そこを渡ってくる涼しい風、そこで生まれ育つ多くの生き物、あるいは秋、稲刈りのすんだ田んぼの落ち穂を求めて渡ってくる渡り鳥。四季折々の景観や生態系をも日本の農業が作りだしているのです。

それは地域で暮らす子供や孫の世代へ、より良い環境として引き継いでいかなければならない地域の共有財産なのです。

やがて関税が撤廃されて、安全になって食味も良くなった、はるかに安価な外国の農産物が流れ込んできたとき、国民にそれでも日本の農業が必要だと選択させうる説得力があるものがあるとするなら、それは残念ながら農家がお金にならないからと今まで目を向けていなかった、百姓仕事の副産物の生態系や景観、あるいは輸入食糧がもたらす地下水汚染など環境問題をおいて他にないのではないかと思います。

農業が造り出す環境を伝えよう

ごく自然に、農家は環境に配慮した農業を行い、当たり前のように、消費者は日本の環境を守るために日本の農産物を食べて応援する。そういったお互いの深い理解と信頼関係を作り上げることが急がれます。リンゴやサクランボの時の理由は味でしたが、関税が撤廃されても国民が外国産を買わなければ、黙って撤退せざるを得ないのです。

しかし、農業が造り出す環境のことは、農家でさえ忘れていたくらいですから、まして国民全体の認識など皆無と言っていいくらいでしょう。今、一番必要なのはその教育です。

農の恵み事業では田んぼの生き物調査が義務づけられていましたが、それはとても効果的な手段で、行った農家の意識は随分と変わってきました。

まず、自分の田んぼの生態系の豊かさを知ることで、農家自身が自分の言葉で街の人たちに伝える。そして、そんな街の人たちに自分たちの応援団になってもらって、環境や農業を買い支えてもらうという計画の入り口だと思っています。

我が家は有機農業に転向して18年になりますが、以前から個人的に販売戦略として、消費者の方の援農をはじめとし、幼稚園の田植え、稲刈り、親子参加型の「自然体験楽校」や地域にある高校の生徒の農業実習など様々な行事のなかで、「生き物探し」を組み入れてきました。

それが平成17年度からは「農の恵みモデル事業」の取り組みによって、地域の農家にも広がり、さらに今年からは、「農地・水・環境保全向上対策事業」を、地域全員の農家で取り組むことになりました。

来春から、地域農業の応援団作りを目指して、いろいろと行事を立案中ですが、「生き物探し」は、街の人たちを引きつけるための重要なアイテムだと考えています。

さらに考えを発展させると、工業製品を輸出している企業の教育も重要だと思います。

自動車や家電などの海外競争力を増すために、その引き替えとして国内の関税を撤廃するのだから、そのことで国内の環境が荒廃するようなことがあったら、それは輸出企業に大きな責任があることになります。そこで、暗黙の了解として、社員には国内の環境に配慮した農産物を買うような教育を徹底する。それによって、関税に頼らなくても日本の農業と環境が保たれるのです。そのことで企業は、国内の環境にも貢献したことになりイメージアップにも繋がります。

これは、一百姓の手に負えるものではありませんが、かといって国が手を出すわけにはいきません。不公正な輸出障壁と取られてしまいますから。ここはあくまで民間の力で、特にマスコミの腕の見せ所ですね。企業がそう動かなければならないようなムードづくりや、世論づくりを期待したいと思います。

日本の農地と環境を未来につなげることは国民全員が必要だと考えていることです。ただ、考えと行動がまだ一致していないのです。それをすり合わせるためにも、もっともっと農業が造り出している環境の話を、街の人に伝えていかなければなりません。

2008年7月 「田んぼの学校」シンポジウム 原稿
福岡県遠賀郡遠賀町上別府1683 筋田靖之

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